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東京地方裁判所 昭和31年(行)51号 判決 1962年5月02日

判  決

川越市大字野田二八七番地

原告(昭和三一年(行)第五一号)

相原長

(ほか五名)

同市大字北田島二七番地

原告(昭和三一年(行)第四五号)

松岡弘基

右原告七名訴訟代理人弁護士

黒木盈

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地

被告(昭和三一年(行)第四五号、同年行第五一号)

右代表者法務大臣

植木庚子郎

右指定代理人農林事務官

田中瑞穂

同埼玉県事務吏員

鈴木賢次

川越市大字野田一、五三五番地

被告(昭和三一年(行)第五一号)

山田源太郎

(ほか一七名)

同市大字一〇一番地

被告(昭和三一年(行)第四五号)

利根川広吉

(ほか二名)

右被告二一名訴訟代理人弁護士

藤倉芳久

同市大字脇田一九〇番地

被告(同)

岩田善三郎

右当事者間の、昭和三一年(行)第四五号農地売渡処分の取消又は無効確認等請求、同年(行)第五一号農地売渡処分の取消又は無効確認土地明渡並移転登記手続及抹消登記手続及家屋収去請求併合事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一、原告らの被告国に対する訴中農地売渡処分の取消を求める部分及び被告国、同山田政吉、同岩田善三郎を除くその余の被告らに対し被告国に各土地の所有権移転登記の抹消登記手続とその明渡をすべきことを求める訴並びに被告山田政吉、同岩田善三郎に対し建物の収去と土地の明渡を求める訴は、いずれもこれを却下する。

二、被告国と原告仲篤司との間において、別紙目録記載(二)の土地につき被告国が被告渡辺康治に対してした昭和二九年一一月一日付売渡処分は無効であることを確認する。

三、原告らのその余の請求はいずれもこれを棄却する。

四、訴訟費用中原告仲篤司と被告国との間に生じたものはこれを二分し、その一を右原告の、その余を右被告の各負担とし、右原告と被告渡辺康治との間に生じたものは右原告の負担とし、その余は右原告を除くその余の原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

原告ら訴訟代理人は次の趣旨の判決を求めた。

「一、(原告相原の請求)

(1)  別紙目録記載(一)の土地(以下においては「別紙目録記載」を省略し、単に「(一)の土地」「(二)の土地」等という。)について被告国が被告山田源太郎に対し昭和二九年一一月一日にした売渡処分を取り消す。

(2)  (予備的請求)前項の処分が無効であることを確認する。

(3)  被告山田源太郎は被告国に対し右土地につき昭和三〇年九月二二日浦和地方法務局川越支局受附第三、六一九号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をなすべし。

(4)  被告山田源太郎は被告国に対し右土地を明け渡すべし。

(5)  被告国は原告相原に対し、金二一四円の支払いと引換えに右土地の所有権移転登記手続をなし、かつ、これを明け渡すべし。

二、(原告仲の請求)

(1)  (二)の土地について被告国が昭和二九年一一月一日被告渡辺に対してした売渡処分を取り消す。

(2)  (予備的請求)前項の処分が無効であることを確認する。

(3)  被告渡辺は被告国に対し右土地について昭和三〇年九月二二日同支局受附第三、六一九号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をなすべし。

(4)  被告渡辺は被告国に対し右土地を明け渡すべし。

(5)  被告国は原告仲に対し、金六〇六円の支払いと引換えに右土地の所有権移転登記手続をなし、かつ、これを明け渡すべし。

三、(原告北川の請求)

(1)  被告国が昭和二九年一一月一日、(三)の土地につき被告小倉に、(四)の土地につき被告塩野勝右衛門に、(六)の土地につき被告石川に、(七)の土地につき被告滝島に、昭和三〇年三月一日(五)の土地につき被告片岡に対しそれぞれした売渡処分は、いずれもこれを取り消す。

(2)  (予備的請求)前項の各処分が無効であることを確認する。

(3)  (三)の土地につき、被告国に対し

(イ)  被告藤井は昭和三一年四月二日同支局受附第一五二〇号をもつてなされた所有権移転登記の、

(ロ)  被告丹羽は昭和三〇年一二月一四日同支局受附第四、七六七号をもつてなされた所有権移転登記の、

(ハ)  被告小倉は昭和三〇年一一月二五日同支局受附第四、五〇三号をもつてなされた所有権移転登記の

各抹消登記手続をなすべし。

(4)  被告藤井は右土地を被告国に明け渡すべし。

(5)  被告塩野勝右衛門は被告国に対し(四)の土地につき昭和三一年一月二六日同支局受附第二九〇号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、これを被告国に明け渡すべし。

(6)  被告片岡は被告国に対し(五)の土地につき昭和三一年一月二〇日同支局受附第二一八号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、これを被告国に明け渡すべし。

(7)  被告石川は、被告国に対し(六)の土地につき昭和三〇年九月二二日同支局受附第三、六一九号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、これを被告国に明け渡すべし。

(8)  被告滝島は被告国に対し(七)の土地につき昭和三〇年九月二二日同支局受附第三、六一九号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、これを被告国に明け渡すべし。

(9)  被告国は原告北川に対し、金三、二八二円の支払いと引換えに(三)ないし(ハ)の土地につき所有権移転登記手続をなし、かつ、これらを明け渡すべし。

四、(原告関口の請求)

(1)  (九)(一〇)の土地につき、被告国が昭和二九年一一月一日被告長坂に対してした売渡処分はこれを取り消す。

(2)  (予備的請求)前項の処分が無効であることを確認する。

(3)  被告長坂は被告国に対し(九)の土地につき昭和三一年一月二六日同支局受附第二九〇号をもつて、(一〇)の土地につき昭和三〇年九月二二日同支局受附第三、六一九号をもつてそれぞれなされた各所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、これらを被告国に明け渡すべし。

(4)  被告国は原告関口に対し、(九)(一〇)の土地につき金三九六円の支払いと引換えに所有権移転登記手続をなし、かつこれらを明け渡すべし。

五、(原告笹沼の請求)

(1)  被告国が昭和二九年一一月一日(一一)の土地につき被告塩野アサに、(一二)及び(一三)の土地につき被告尾崎ふくに、(一四)の土地につき被告川上に、(一五)の土地につき被告松崎に、(一八)の土地につき被告尾崎酉造に、(一七)及び(一九)の土地につき被告野口に、昭和三〇年三月一日(一八)の土地につき同被告に対しそれぞれした売渡処分はこれを取り消す。

(2)  (予備的請求)前項の各処分が無効であることを確認する。

(3)  被告塩野アサは被告国に対し(一一)の土地につき昭和三一年一月二六日同支局受附第二九〇号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、これを被告国に明け渡すべし。

(4)  被告尾崎ふくは被告国に対し(一二)の土地につき右同日同支局受附同番号をもつて、(一三)の土地につき昭和三〇年九月二二日同支局受附第三、六一九号をもつてそれぞれなされた各所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、これらを被告国に明け渡すべし。

(5)  被告川上は被告国に対し(一四)の土地につき昭和三一年一月二六日同支局受附第二九〇号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、これを被告国に明け渡すべし。

(6)  被告松崎は被告国に対し(一五)の土地につき右同日同支局受附同号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、これを被告国に明け渡すべし。

(7)  被告尾崎酉造は被告国に対し(一六)の土地につき右同日同支局受附同番号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、これを被告国に明け渡すべし。

(8)  被告野口は被告国に対し(一七)及び(一九)の土地につき、各右同日同支局受附同番号をもつて、(一八)の土地につき同日同支局受附第二九一号をもつてそれぞれなされた各所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、これらを被告国に明け渡すべし。

(9)  被告国は原告笹沼に対し金二、七〇六円の支払いと引換えに(一一)ないし(二〇)の土地につき所有権移転登記手続をなし、かつこれらを明け渡すべし。

六、(原告中院の請求)

(1)  被告国が昭和二九年一一月一日(二一)の土地につき被告筋野長治に、同日(二二)の土地につき被告筋野章平に対してした各売渡処分はこれを取り消す。

(2)  (予備的請求)前項の各処分が無効であることを確認する。

(3)  被告筋野長治は被告国に対し、(二一)の土地につき昭和三一年一月二六日同支局受附第二九〇号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつこれを被告国に明け渡すべし。

(4)  被告筋野章平は被告国に対し、(二二)の土地につき右同日同支局受附同番号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、これを被告国に明け渡すべし。

(5)  被告国は原告中院に対し、金五四〇円の支払いと引換えに(二一)(二二)の土地につき所有権移転登記手続をなし、かつ、これらを明け渡すべし。

七、(原告松岡の請求)

(1)  被告国が昭和二九年一一月一日(二三)及び(二四)の土地につき被告山田勝康に、同日(二五)の土地につき被告利根川に対してした各売渡処分は、これを取り消す。

(2)  (予備的請求)前項の処分が無効であることを確認する。

(3)  被告山田政吉は被告国に対し(二三)の土地上の木造亜鉛葺平家建一棟建坪一〇坪七合五勺を収去してその敷地を明け渡すべし。

(4)  被告岩田は被告国に対し、(二四)の土地上の木造瓦葺平家建居宅一棟建坪九坪及び亜鉛葺平家建物置一棟建坪三坪を収去してその敷地を明け渡すべし。

(5)  被告山田勝康は被告国に対し(二三)及び(二四)の土地につき、昭和三〇年三月二三日同支局受附第一、〇一八号をもつてなされた各所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、これらを被告国に明け渡すべし。

(6)  被告利根川は被告国に対し、(二五)の土地につき、昭和三〇年九月二二日同支局受附第三、六一九号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、これを被告国に明け渡すべし。

(7)  被告国は原告松岡に対し金二、一〇三円の支払いと引換えに(二三)ないし(二五)の土地につき所有権移転登記手続をなし、かつこれらを明け渡すべし。

八、訴訟費用は被告らの負担とする。」

被告国指定代理人は、本案前の申立として、「原告らの被告国に対する訴を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、被告国指定代理人及び被告ら(但し被告国及び被告岩田を除く)訴訟代理人は本案に対する答弁として「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、請求の原因

(一)  (一)ないし(二五)の土地(以下本件土地という)は別紙目録被買収者欄記載のとおりもと原告ら(但し(二)の土地は原告仲の先代幾太郎、(九)(一〇)の土地は原告関口の先代銀造が所有していたものであるが、被告国は、(一)及び(九)ないし(二〇)の土地につき昭和二二年一〇月二日、(二一)(二二)の土地につき同年一二月二日、(二)及び(二三)ないし(二五)の土地につき昭和二三年一〇月二日、(三)ないし(五)、(七)及び(八)の土地につき昭和二四年一〇月二日(六)、の土地につき昭和二七年三月三一日、それぞれ別紙目録被買収者欄記載の各原告((二)(九)(一〇)の土地については前記のとおり各その先代)から旧自作農創設特別措置法(以下自創法という)第三条に基づいて買収し、昭和二九年一一月一日(一)ないし(四)、(六)、(七)、(九)ないし、(一七)、(一九)、(二一)ないし(二五)の土地を、昭和三〇年三月一日(五)、(一八)の土地をいずれも農地法第三六条により別紙目録「売渡の相手方」欄記載の各被告に売り渡し(以下本件売渡処分という)、同被告らに対し請求の趣旨記載のとおり各所有権移転登記手続を了した。

その後(三)の土地は昭和三〇年一二月一四日被告小倉から被告丹羽に、更に昭和三一年四月二日被告藤井に譲渡され、その旨各所有権移転登記がなされ、また被告山田政吉は(二三)の土地上に請求の趣旨七の(3)記載の建物を、被吉岩田は(二四)の土地上に請求の趣旨七の(4)記載の建物を各所有してそれぞれその敷地を占有し、(八)及び(二〇)の土地は売渡保留地として被告国が占有しているものである。

(二)  しかし、本件売渡処分は次の理由により違法もしくは無効な処分といわなければならない。すなわち、本件土地は、昭和二二年一一月二六日付のいわゆる三省次官通達(農政第二、四六〇号)により売渡保留地となり、次いで、昭和二三年一〇月五日自創法施行規則第七条の二の三の規定の新設により、農林大臣が売渡を保留した土地であつて、農地法施行法第五条第一項農地法第三六条によらなければ売り渡すことができないものである。そして同法第三六条によれば、売渡の目的たる土地は農地又は採草放牧地であることを要するところ、(八)及び(二〇)を除くその余の土地は後記記載のとおり、各売渡処分がなされた当時すでに農地もしくは採草放牧地ではなく、またはこれに適しない土地であつたから、右売渡処分は同条の要件を欠く違法があるといわなければならない。

(三)  のみならず、国は自作農の創設及びその維持のためにのみ農地の買収及び売渡をなしうるものであり、売渡を受けた者は右の目的のためにのみその土地を使用しなければならないことは自創法及び農地法の規定から明らかであるところ、右土地は、すでに右の目的に供せられるべき土地たる適格を失つているから、各売渡を受けた被告らは、すでにその権利をそう失し、右土地を国に返還すべき義務を負うものである。そして被告国もまたこれを所有すべき根拠を有しないから、保留期間の経過と同時にこれを前所有者に返還すべきである。

したがつて本件売渡処分は、右の理由からも原告らの財産権を侵害するものとして無効に帰したものといわなければならない。

(四)  ところで、農地法第八〇条第一、二項の規定によれば、売渡保留地が仮りに小作農地または採草放牧地であつても、その地方の実情に照らし、農地とするよりも他の用途例えば宅地に供することがより効果的でありより実情に合致するときは、前所有者に売り渡すべきものであることが明らかである。そして本件各土地の実情をみると、

(一)の土地は、三方を人家で囲まれ、他の一方は小学校の敷地予定地となつている。

(二)の土地は、一方の隣地は宅地として使用され、なお、後記の事情が存する。

(三)の土地は、被告小倉に売り渡された一年後に地目を宅地に変更されたうえ、被告丹羽、被告藤井と順次転売され、現に建物所有の目的で使用されている。

(四)、(五)、(八)の土地はもと(三)の土地と一筆をなしていたのが分筆された土地であり、隣接地は全部宅地として使用されている。

(六)、(七)の土地も三方の隣接地が宅地として使用されており、(七)の土地上には現に建物が存在する。

(九)、(一〇)の土地は、周囲を人家で囲まれ、買収前は人家の裏庭であつたものである。

(一一)ないし(一三)の土地は、高級住宅地に近接した眺望良好の高台にあり、住宅地として極めて好適の土地である。

(一四)ないし(二〇)の土地は、前項の土地と道路をへだてた場所にあり、同じく住宅地として好適の土地である。

(二一)、(二二)の土地は、舗装道路に面し、該道路の反対側及び右土地の左右の近接地にはいずれも商店が立ち並んでいる。

(二三)、(二四)の土地は、川越駅から徒歩一分余の所にあつて、周囲は商店街であり、農地として全く不適当であるばかりでなく、請求の趣旨七の(3)(4)記載のとおり地上に三棟の建物が建築されており、しかも(二四)の土地上の建物は、右土地が買収された当時から存在し、また(二三)の土地上の建物は、売渡直後に建てられている。

(二五)の土地は後方が土手であるほかは、三方を人家に囲まれており、当然宅地として使用すべき土地である。

したがつて、本件土地はいずれも近い将来宅地に供するを相当とする土地もしくはすでに宅地として使用されている土地であるから、当然農地法第八〇条により前所有者である原告らに売り払わるべきものである。

(五)農地法第八〇条第二項の規定の反射的効果として、当該土地の前所有者は、受益の意思表示をすることによつて直ちに売り払いを受ける権利を取得する。

すなわち、国は前所有者のために、右法条を制定して農林大臣に売払義務を課しているのであつて、このことはあたかも前所有者を第三者たる受益者、国を要約者、その行政機関たる農林大臣を諾約者とする第三者のためにする契約と同一の法律関係にあるものとみることができるからである。そして原告らは、本訴において受益の意思表示をなすから、原告らは被告国に対し対等の立場で右売渡義務の履行を求める。また、右の売渡の対価は、同条第二項の規定により、各買収の対価と同額であることが明らかである。

(六) 本件においては、まだ農地法第八〇条第二項の行政処分がないし、その前提となる同条第一項の認定もなされていない。しかし本件において、裁判所は同法第三六条による売渡処分の効力の判断を要求されており、同条但書には「第八〇条の規定により売り払い……する場合にはこの限りではない。」と規定されているから、右の判断の前提として、必然的に第八〇条第一項所定の「自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めるとき」に該当するか否かの判断をしなければならない。したがつて、本件において原告らは前記の処分または認定が存しなくても、国に対し第八〇条による売り払いを請求できるものである。

(七) 農地法第八五条には訴願をなしうる場合が列挙されているが、同法第三六条、第八〇条所定の処分ないし認定は、右の訴願事項に含まれていない。

したがつて本訴については訴願を前置する必要がない。

(八)(二)の土地は、前記買収処分当時すでに宅地であつて農地でも小作地でもなかつたから買収処分自体が無効であり、したがつて売渡処分もまた無効といわなければならない。すなわち、(二)の土地は、もと川越市大字脇田字西町一五六番の二、畑一反一畝二歩の土地を分筆したものであるが、原告仲の先代亡幾太郎は、右分筆前の土地を昭和二〇年七月一日訴外日清紡績株式会社に社宅建設の目的で賃貸し、同会社は昭和二一年三月一〇日右地上に九棟の木造家屋を建築したものである。したがつて(二)の土地は買収処分当時すでに宅地であり、また小作地でもなかつたから、これを農地、小作地と誤認した右買収処分のかしは重大である。のみならず、当時前記仲幾太郎は、川越耕地整理組合組合長であつたから、その所在を確めることは容易であり、直接同人について調査を経たならば、少くとも右土地が小作地でないことは直ちに判明する事柄であるにも拘らずかかる調査をつくした形跡はなんら見当らない。右の如き事情からすれば本件買収処分のかしは明白であつたといわなければならない。

そして被告国の被告渡辺に対する前記売渡処分は、右買収処分が有効であることを前提とするものであるから、右買収処分が無効である以上、これまた無効であることを免れない。

(九)よつて原告らは、被告国に対し本件売渡処分の取り消し、予備的に右各処分の無効確認を求め、被告国以外の各被告に対しては、被告国を代位して、被告国の所有権に基き、被告山田政吉及び被告岩田に対しては、前記各建物を収去し。その敷地を被告国に明け渡すことを求め、その余の被告に対しては、被告国に対し前記各所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、各関係土地を明け渡すことを求め、更に被告国に対し、本件各土地につき、所有権移転登記手続及び明渡を求める。

二、被告国の本案前の申立の理由

(一)  原告らは本件土地の各売渡処分の取り消しを求めているが、右各処分は、被告国の行政機関たる行政庁がしたものであるから、原告らは行政事件訴訟特例法第三条の規定により当該行政庁を被告とすべきであり、被告国は当事者としての適格を有しない。よつて本訴請求中被告国に対し売渡処分の取り消しを求める訴は不適法というべきである。

(二)  農地法により国が買収した土地及び同法により農林大臣が管理している土地は、同法第三六条、第六一条等の規定により、自作農として農業に精進する見込のある者に売り渡すのが原則であり、同法第八〇条第一項は、右の例外として農林大臣は政令で定めるところにより、自作農の創設または土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、これを売り払うことができる旨規定し、同法施行令第一六条がこれを受けて、一定の場合には農林大臣は同法第八〇条第一項の認定をすることができる旨を規定している。本件土地につき右の認定をなし得るのは、同法施行令第一六条第四号所定の事由のある場合だけであるが、本件土地には右の事由は存在しないから、農林大臣は同法第八〇条第一項の認定をなさず、同法第三六条第三九条により原告ら主張のとおりの各売渡処分がなされたものである。したがつて、右売渡処分後において原告らが同法第八〇条の規定に基づく売り払いを請求する権利を有しないことはもちろん、その以前においてもかかる権利を有しなかつたのであるから、結局本訴は権利保護の利益を欠く不適法な訴といわなければならない。

三、被告ら(但し被告岩田を除く)の答弁

(一)  請求原因事実に対する被告国の認否

原告ら主張の請求原因事実一の(一)のうち本件土地がもと別紙目録被買収者欄記載の各原告(但し(二)の土地は原告仲の先代幾太郎、(九)(一〇)の土地は、原告関口の先代銀造)の所有に属していたところ、被告国は自創法第三条の規定により原告ら主張のとおり、これを買収し、かつ、農地法第三六条に基づき売り渡したことは認めるが、その余の事実は知らない。同一の(二)のうち、本件土地が原告ら主張の通達により売渡保留地に指定されたことは認めるが、その余は争う。同一の(三)のうち(二)の土地の一方の隣地が宅地として使用されていること、(三)の土地の現況が宅地であること、(四)(五)(八)の土地が(三)の土地から分筆された土地であること、(七)の土地の一部が建物敷地の用に供せられていること、(九)(一〇)の土地の周囲に人家が存在すること、(一一)ないし(一三)の土地が眺望良好の高台にあること、(一四)ないし(二〇)の土地は(一一)ないし(一三)の土地と道路を距てた場所にあること、(二一)(二二)の土地が道路に面し、附近に商店が二、三軒存在すること、(二三)の土地上に被告山田政吉が原告主張の建物を所有していること、(二五)の土地の北方に土手が存在し、東、南方が宅地であることは認めるが、その余の事実は否認する。同一(四)のないし(六)は争う。同一の(七)のうち原告仲主張の土地が昭和二〇年七月一日日清紡績株式会社に賃貸されたこと、同原告主張のとおり分筆がなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(二)  請求原因事実に対するその余の被告らの認否

原告ら主張の請求原因事実一の(一)のうち、各売渡処分がなされた事実、(三)の土地につき被告小倉から被告丹羽に、同被告から更に被告藤井にその所有権がそれぞれ移転された事実、被告山田政吉が原告主張の建物を所有している事実は認めるが、その余の事実は知らない。同一の(二)ないし(七)に対する認否は被告国の答弁と同じ。

(三)  被告国は第二の二の(一)、(二)で主張した事由が、訴却下の理由とならないときはこれを本案の答弁として主張する。

(四)  被告らの主張

(1) 売渡保留地の性質について。自創法は、急速かつ広汎な自作農創設すなわち、買収した農地は直ちに自作農として農業に精進する見込のある者に売渡すことを目的として立法されたものであつて、農地を自作農創設以外の目的のために使用し、または旧所有者に返還することは、立法の当初全く予想していなかつた。このことは、同法に土地収用法第一〇六条類似の規定がないことからも明らかである。ところが、売渡の対象になる農地が、たまたま都市計画法第二条の規定による都市計画区域または同法第一六条第一項所定の施設に必要な土地の境域内にある場合に、近い将来使用目的の変更を相当とすることが予想される事態を生じたため、かかる農地は、都市計画の見地からも自作農創設の見地からも、直ちに売り渡さずに都市発展の推移を眺め、その解決を一定期間後に求めることが妥当であるとの戦災復興院、建設省及び農林省の協議がととのい、その結果自創法の一律的施行によつて生ずるかもしれない摩擦を防止するための行政上の過渡的措置として、いわゆる三次官通達が発せられ、自創法施行規則第七条の二の三の規定が制定されたのである。したがつて、その結果指定されたいわゆる五カ年売渡保留地は、農林大臣が「農地または採草放牧地以外とするを相当とする」あるいは「買収前の所有者に返還することを相当とする」として保留したものではないから、右期間経過後使用目的の変更を必要としないことが明らかになつた場合には、速やかに本来の目的に供するため自創法第一六条による売渡をすべきものであつた。ところが他方農林大臣が買収農地を保有している間に、当該土地が現実に自作農創設の目的に供することを相当としない状態に立ち至つた場合の措置については、自創法はなんらの規定をも設けていなかつたので、農地法第八〇条の規定が設けられ、かかる場合には同法第三六条の原則の例外として、原則として買収前の所有者に売り払うことになつたのである。

(2) 農地法第八〇条の解釈は、被告国が前記第二の二の(二)において述べたとおりであるが、なお附言するに、同条第一項は、売払の対象となりうる土地の要件を定め、同法施行令第一六条は更に右の土地の詳細な要件を定め、同法第八〇条第二項は、同条第一項の規定を受けて、同項による売払可能な土地につき原則として前所有者に売り払うべきこと及びその対価を定めているものである。しかるに原告らの立論は、先ず法第八〇条第二項を絶対的なものとして取り上げ、その法意に反するものとして同法施行令第一六条を攻撃し、次いで同法第八〇条第一項を同条第二項の附属規定のように解している点で致命的な誤りをおかしているものといわなければならない。

(3) 請求原因事実中一の(四)は、主張自体理由がない。すなわち、国会と内閣ひいては農林大臣との関係は、法規範の面においてはその定立と執行の関係に立つものであるから、たとえそれが原告らの主張するように、私法上の第三者のためにする契約に類似するとしても、要約者と諾約者の関係ではありえない。また現に売渡を受けた者の存在を無視し、前所有者を受益者とする第三者のための契約が成立するなどと解する余地は全くない。

(4) (二)の土地の分筆前の川越市大字脇田字西町一五六番の二 畑一反一畝二歩は、従前より被告渡辺の家族が原告仲の先代亡幾太郎から借り受けて耕作していた農地であつた。そして右土地が日清紡績株式会社に貸し付けられた後も、(二)の土地のみは依然として農地として使用され、右土地につき買収計画が定められた当時、その内四畝一五歩を同会社社員末廷一二三が、残り二畝七歩を同会社社員幕内鉄男が耕作していた。そこで川越市農地委員会は、右両名が同会社から転借している小作地であるか、または同会社自身が小作している小作地のいずれかであると認定して買収計画を定め、以後所定の手続を経て買収処分がなされたものである。したがつて、(二)の土地の買収処分にはなんらかしはないものといわなければならない。仮りに、(二)の土地が農地でも小作地もなかつたとしても、買収処分当時右土地が農地及び小作地たるの外観を呈していたことは前記の経過により明らかであるから、かかる外観を信頼してなした右買収処分には明白なかしがあるとはいい難い。

四、被告らの答弁に対する原告らの反論

(一)  被告国は、売渡処分の取消を求める訴の被告は埼玉県知事である旨主張する。しかし行政事件訴訟特例法第二条は、同法第一条所定の行政処分の取消の訴のうち、訴願を前置する場合のみに関して規定したものであるところ、前記のように、訴願前置を要しない本訴においては、同法第三条の適用はなく、同法第一条及び民事訴訟法の規定により国を被告とするのが正当である。

(二)  被告らは農地法施行令第一六条の規定が有効であることを前提として立論しているが、前述のとおり農地法第八〇条は前所有者に売り払うべきものと規定しているにも拘らず、同法施行令第一六条の規定によれば、前所有者に売り払わなくてもよい場合があることになる。したがつて、同法施行令第一六条は同法第八〇条を政令によつて変改したものであり、同条の委任の範囲を逸脱した無効の規定というべきである。

(三)  (二)の土地に関する被告らの主張事実中、分筆前の土地を被告渡辺の家族が原告仲の先代から農地として賃借していた事実及び(二)の土地が農地として使用され、または小作地としての外観を呈していた事実は否認する。その余の事実は知らない。被告らが小作人と主張する末延は日清紡績株式会社の取締役であり、農業を営むものではない。同人は、前記社宅に居住していたところ、食糧難のため社宅の敷地の一部を家庭菜園として耕作していたにすぎず、また原告仲の先代が同人に(二)の土地の耕作を許容した事実もないのである。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、(売渡処分の取消を求める訴の被告適格)

原告らの(一)ないし(七)、(九)ないし(一九)、(二一)ないし(二五)の土地に対する農地法第三六条による売渡処分の取消を求める訴の適否について考えるに、行政庁の処分の取消を求める訴は行政事件訴訟特例法第三条により他の法律に特別の定めのある場合を除き「処分をした行政庁」を被告として提起しなければならないところ、本件において原告らは右各売渡処分をした行政庁を被告とせず、国を被告としているから、右訴は被告とすべき者を誤つた違法があり、しかも原告らは被告を右処分をした行政庁に変更しない旨を明らかにしており、結局不適法として却下を免れない。

原告らは、行政事件訴訟特例法第三条は、訴願を前置する場合にのみ適用さるべき規定であるところ、本件は訴願を要しないから同条の適用はない旨主張するけれども、同条の適用せらるべき場合をしかく限定的に解すべき根拠はどこにもないから、右主張は採用の限りでない。

二、(売渡処分の無効確認を求める訴の利益)

次に被告国は、本件土地には農地法施行令第一六条の事由は存在しなかつたため、農林大臣は農地法第八〇条第一項の認定をせず、売渡処分をなしたものであつて、売渡処分後において原告らが本件土地につき同法第八〇条に基づく売り払いを請求する権利を有しないことはもちろん、その以前においてもこれを有しなかつたのであるから、本訴は権利保護の利益を欠く旨主張するので、考えるに、農地法第八〇条第一項は、農林大臣は同法第七八条第一項の規定により管理する買収土地等について政令の定めるところにより自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、省令で定めるところによりこれを売り払い、又はその所管換もしくは所属替をすることができると規定し、同条第二項は、前項の規定により売り払い又は所管換もしくは所属替をすることができる土地等か右第二項に掲げる農地法の規定によつて売渡されたものであるときは、原則としてこれを買収前の所有者に売り払わなければならないと規定している。右規定は、もともと旧自作農創設特別措置法又は農地法に基づく農地、未墾地等の買収が、これらの農地等を自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進という公共の目的に供するためにする私所有権の強制的収用であり、かつ、かかる公共の目的に供することを前提としてのみその合憲性を肯定しうるものであることにかんがみ、いつたん買収した農地等につきこれを農業に精進する見込のある者に売り渡さないうちにその後の事情の変化によつてこれを上記の公共の目的に供することを相当とせざるにいたつたような場合においては、原則としてこれを当該農地等の旧所有者に返還するのが公平の原則にも合致し、かつは公共の用に供するためにのみ私有財産の収用を認めた憲法第二九条第三項の趣旨にも沿うゆえんであるとの考慮の下に設けられた規定であると考えられ、この立法趣旨から推すときは、同条第一項において農林大臣はその管理にかかる買収農地等を自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認めたときはこれを売り払うことができる旨あたかも単に農林大臣に対してそのような能力、権限を付与するにとどまるかの如く規定しているのも、農林大臣が右の如き認定をした場合においても当該農地等を売り払い又は所管換等の措置をとるかとらないかの自由を認めたものではなく、同条第二項の規定と相合して、農林大臣に対し原則としてこれを旧所有者に売り払わなければならない拘束を課しているものと解するのが相当である。もつとも、特定の農地等につきこれを自作農の創設等の目的に供しないことが相当であると認めるかどうかについては、事の性質上農林大臣にある程度の裁量権が認められてしかるべきであるかもしれないけれども、もとよりその裁量権は無制限ではなく、明らかにかかる認定をなすべきものと考えられる場合にかかる認定をしないことは違法というべきであるから、結局農林大臣はある範囲においてその管理にかかる買収農地等につき同条第一項に定める認定をしたうえ同条第二項に定める旧所有者に対する売払いをしなければならない拘束を受け、その反面旧所有者はかかる売払いを受ける利益を法律上保障されているものといわなければならない。それ故農林大臣が管理する買収農地等につき売渡処分がなされたのちにおいても、その売渡処分が違法として取り消され、又は無効の確認を受けた場合には、右農地等は再び農林大臣の管理する農地等として農地法第八〇条の適用を受ける状態に復帰し、右農地等の旧所有者は、これにつき同条の規定により売払を受ける可能性を回復するわけであつて、しかもその可能性たるや上述のように単なる反対的利益たるにとどまらず法律上保障された利益たる性質を内蔵するものであるから、買収農地等の旧所有者は、当該農地等の売渡処分の取消又は無効確認の判決によつて当然に自己の旧権利を回復するわけではなくても、なお上記の如き可能性を回復する点においてかかる判決を請求する法律上の利益を有するものといわなければならない。もつとも、売渡処分が取り消され又は無効の確認を受けても、果して農林大臣が当該農地等を旧所有者に売り払うかどうか、ないしは売り払わなければならない拘束を受ける場合に該当するかどうかはそれだけでは確定せず、その意味においてかかる訴訟における農地等の旧所有者の利益は確定的なものではなく文字どおり単なる可能性にとどまるけれども、かかる売払を受けうるかどうか自体は売渡処分の取消又は無効確認を求める訴訟の判決確定後にこれとは別個の手続において確定さるべき事柄であつて、右訴訟自体において訴の利益の有無を判断するためにこの点を審判することは適当でなく、またその必要性もないというべきであるから、かかる訴訟における訴の利益としては、上記の如き可能性の回復ということをもつて足りるとしなければならない。しかして本件において無効確認を求められている売渡処分は、旧自作農創設特別措置法により買収したがその後いわゆる売渡保留地として指定せられていた農地につきなされたものであり、右売渡処分の無効が確認されてもこれにつき旧所有者に対する売払がなされる可能性がない土地であると認められるような事情は何も存在しないから、原告らは本件売渡処分の無効確認を求める利益を有するものというべきである。

三、本件土地がもと別紙目録被買収者欄記載の各原告(但し(二)の土地は原告仲の先代幾太郎、(九)(一〇)の土地は原告関口の先代銀造)の各所有に属していたところ、自創法第三条の規定により原告ら主張のとおり買収されたことは原告らと被告国との間では争いがなく、(証拠)によれば、原告らと被告国、被告岩田以外の被告との間でも同様の事実を認めることができる。そして本件土地が売渡保留地に指定され、(八)及び(二〇)の土地を除くその他の土地が原告ら主張のとおり農地法第三六条に基づき別紙目録「売渡の相手方」欄記載の各被告に売り渡されたことは当事者間に争いがなく、前顕(証拠)によれば、右土地につき原告ら主張のとおり本件売渡処分を原因とし、各所有権移転登記手続がなされた事実を認めることができ、また(三)の土地が原告ら主張のとおり被告小倉から被告丹羽に、更に被告藤井に譲渡され、その旨各所有権移転登記手続がなされたことは原告らと被告国、同岩田を除くその他の被告との間では争いがなく、前顕(証拠)によれば被告国との間でも同様の事実が認められる。

四、(売渡処分の効力)

(一)  原告らは(八)及びの(二〇)土地を除くその他の土地は、売渡処分がなされた当時すでに農地または採草放牧地では、なかつたから、右売渡処分は農地法第三六条の要件を欠く違法があると主張する。そこで本件土地(但し(二)の土地を除く。)及びその附近の状況(昭和三三年五月頃から検証施行時である昭和三四年二月二六日頃までの状況をいう)を調べるに、(証拠)を合わせると、次のように認めることができる。すなわち、(一)の土地。右土地の現況は農地であり、野菜畑として使用されている。右土地の東及び西の隣地は麦畑であるが、北側は被告山田源太郎の居宅及びその庭に接続し、また南の隣地は宅地化され昭和三二年末頃から川越市立第六小学校の建築が行なわれている。

(三)ないしの土地。(四)、(五)の土地はもと(三)の土地から分割されたものであるが、(右事実は当事者間に争いがない)右(三)ないし(五)の土地及び売渡保留地たる(八)の土地は一連の地読きの土地であり、西側には舗装された県道が走り、北及び東方の隣地及び県道をへだてた西方は宅地となり、東方一帯には鉄骨コンクリート四階建のアパート群が存在し、南側は墓地となつている。(三)の土地は昭和三〇年一二月一四日地目を宅地に変更され、被告藤井は昭和三一年四月六日右土地に木造亜鉛葺二階建一棟(延坪三六坪六合六勺)を移築し、宅地として使用している(現況宅地であることは当事者間に争いがない)が、(四)、(五)、(八)の土地の状況は麦畑である。

(六)の土地、右土地の北側は幅員四米の道路に接し、西隣に建物一棟、南方に工場がみえ、また北方にも木造二階建工場一棟が存在する外、(六)の土地をも含め、附近一帯は畑地として使用されている。

(七)の土地。右土地のうち北西側の一部にはすでに昭和三〇年一二月滝島喜一が木造瓦葺平家建一棟建坪一二坪五合を建築し、また右建物の北東側に接し、昭和三四年頃ほぼ同じ規模の木造瓦葺平家建一棟が建築され、したがつて一部は宅地とされているが(この事実は当事者間に争いがない)、その余の部分は現況桑畑(一部野菜畑)である。右土地の北方には農器具工場が存在し、西方五〇米位へだてた所に建物一棟がある外周囲は畑地として使用されている。

(九)(一〇)の土地。右土地は原告関口の居宅の裏庭と地続きになつている一連の土地で、現況は野菜畑であるが、川越市街の中央部に位置し、右土地の南東には神社がある外、その他の部分も建物で囲まれ、附近一帯も住宅が多数存在している。

(二)ないし(一三)の土地。右三筆の土地は眺望良好な高台にある(この点は当事者間に争いがない)一連の土地で、右土地の西南に日蓮宗寺院北方に建物建築中の宅地がわずかある外、右土地及び附近一帯は麦畑の状況にある。

(一四)ないし(一九)の土地。右の土地及び売渡を保留されている(二〇)の土地は、(一一)ないし(一三)の土地の北東側道路を距てた場所に位置し(このことは当事者間に争いがない)、前同様眺望良好な高台で、(一四)(一五)(二〇)の土地及び(一六)ないし(一九)の土地が各地続きの一連の土地をなしている。(一四)の土地の北側隣地に倉庫一棟、(一六)及び(一七)の土地の東側に建物一棟が存在する外、(一四)ないし(二〇)の土地及び附近一帯は麦畑である。

(二一)、(二二)の土地。右土地は地続きの一連の土地で、現況麦畑であり、その北及び東側も同様麦畑であるが、附近は次第に宅地化され、西側一帯には商店住宅等が立ち並び、更に道路をはさんだ南側に建物二棟が建築せられている外、北方の麦畑を越えた地点にも住宅、学校等が存在する。

(二三)(二四)の土地。右土地は川越駅北方徒歩二分の地点にあり、周囲には商店住宅が密集し、(二四)の土地はすでに歩道敷となり、交通量の激しい車道に接している。(二三)の土地は(二四)の土地の東側に隣接し、右(二三)の土地上の南端には被告山田政吉が昭和三〇年六月一日建築し所有している木造亜鉛葺平家建居宅一棟建坪一〇坪七合五勺が(被告山田が右の建物を所有していることは当事者間に争いがない)、その東端には被告岩田が昭和二一年建築し所有している木造瓦葺平家建居宅一棟建坪九坪亜鉛葺平家建物置三坪が各存在する外その他の部分は畑地として使用されている。

(二五)の土地。右土地の東及び南方は宅地化されており、(このことは当事者間に争いがない)西側にも建物が存在するが、右土地は野菜ないしは麦畑として使用されている。また右土地の北方は土手を形成し、その更に北方の低地は一面の田となつている。

以上のように認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によつて考えると、(三)の土地の全部、(七)及び(二三)の土地の各一部が宅地、(二四)の土地が歩道敷である外他は全て現況農地であるが、本件土地の売渡処分当時の状況についてはなんら立証がないから、現況が農地または採草放牧地以外の前記(三)、(七)の一部、(二三)の一部、(二四)の各土地についても売渡処分当時からすでに農地または採草放牧地ではなかつたと断定することは困難である。かえつて前認定のとおり(三)及び(七)の土地上の建物及び(二三)の土地上の被告山田所有の建物は、いずれも売渡処分後の昭和三〇年末以降に建てられたものであるから、右土地は右各建物建築の頃宅地化されたものと推認され、また(二三)の土地上の被告岩田所有の建物は、売渡処分前である昭和二一年に建築せられたものであるが、前顕甲第四七号証の記載によれば、右建物は、昭和三一年、三二年度課税台帳には(二四)の土地上に存在している旨登録せられていた事実が認められるから、このことから推して考えると(二三)の土地の現況も売渡処分当時と同一であるということはできない。したがつて(二)、(八)、(二〇)の土地を除くその他の土地が売渡処分当時農地または採草放牧地ではなかつたという原告らの主張は理由がないものといわなければならない。

次に原告らは右土地はいずれも売渡処分当時から農地または採草放牧地に適しない土地であつたから売渡処分は無効である旨主張する。

よつて判断するに、農地法第三六条第一項は、その但し書において、同法第八〇条の規定により売り払い、又は所管換もしくは所属替をする場合は買収農地等につき売渡処分をしない旨を定めているが、右規定を前記農地法第八〇条の規定の法意と対比して考えるときは、農林大臣が同条第一項の規定により自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認めた農地等についてはこれを同法第三六条第一項本文の規定による売渡処分の対象としてはならないことはもちろん、農林大臣が未だかかる認定をしない場合においても、客観的にかかる認定をなすべき場合であると認められる場合、換言すれば当該農地等を自作農の創設等の目的に供することが明らかに不相当と認められるような場合にもまた、これを売り渡してはならないものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、本件土地(但し(二)の土地を除く。)中売渡処分後において宅地その他農地以外のものとなつたのは前記のとおり(三)の土地全部、(七)(二三)の土地の各一部、(二四)の土地のみであり他はすべて依然として農地として利用せられているのであるから、これらの土地が売渡処分当時において自作農の創設等の目的に供することが明らかに不相当と認められるような状態にあつたものといい得ないことは明らかであり、また、(三)、(七)、(二三)の各土地の全部又は一部が宅地化されたのはいずれも売渡処分後一年以上を経過したのちのことであつて、かかる一年以上経過後における当該土地の使用目的の変更の事実のみから直ちに売渡処分当時においてこれらの土地が直ちに非農地化され、かかるものとして利用されることが必至であり、農地として利用させるためにこれを売り渡すことが全く無意味であるといいうる状態にあつたものと認めることはもとより困難であり、他にかかる事情の存在を認めしめる証拠はないから、これらの土地の売渡についても明らかに農林大臣において農地法第八〇条第一項の認定をなすべかりし農地につき売渡処分をした違法があるものとすることはできない。また(二四)の土地についても、売渡処分当時右の如き状態にあつたことを認めしめる的確な証拠はないから、結局上記原告らの主張は失当として排斥をまぬがれない。

次に原告らは、農地の買収及び売渡は、自作農の創設及び維持のためにのみなしうるのであるから、売渡処分当時農地であつても、売渡を受けた者が右土地を右の目的以外に使用し、農地たる適格を失わせるならば当初の目的は消滅し売渡処分は無効に帰する旨主張する。

農地の買収及び売渡が自作農の創設及びその維持を目的とするものであることは原告ら所論のとおりであるが、このことはかかる農地の買収及び売渡による農地所有権の移転が右目的のために当該農地が利用せられるという条件の下においてのみ可能であり、その後にかかる目的のために利用せられるという状態が消失するにいたつたときは当然に所有権移転の効力を喪失し、右農地所有権は旧所有者に復帰するにいたるものとしなければならないことを意味するものではなく、このような事情が生じた場合に旧所有者に権利を回復させるかどうか、あるいは右使用目的の変更によつて現所有者の受ける利益の全部又は一部を旧所有者に償還せしめる等の措置により旧所有者の不満を解消する方策をとるかどうか等はすべて立法者の任意に決しうるところというべきである。しかるに自創法にも右の如き場合に農地の旧所有者が当然に所有権を回復する旨を定めた規定はどこにもなく、わずかに農地法第八〇条において上記のように未だ売渡処分をしない買収農地等につき農林大臣がこれを自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認めたときに旧所有者にこれを売り払う旨を規定するにとどまつているのであるから、原告らの上記主張は現行法上の解釈論としてはとうてい採用し難い議論であるといわなければならない。

以上の次第であるから、(二)、(八)、(二〇)の土地を除くその他の土地につきなされた売渡処分の無効確認を求める原告らの請求はいずれも失当として棄却を免れない。

(二)、原告仲は(二)の土地につき、売渡処分の前提たる買収処分自体が無効であるから、したがつて売渡処分も無効である旨主張するので、まず右原告が主張する如く(二)の土地の買収処分に、農地かつ小作地に非ざる土地を買収したかしがあるかどうかにつき判断する。

右土地がもと川越市大字脇田字西町一五六番の二 畑一反一畝二歩を分筆したものであること、仲幾太郎が右土地をも含め、右分筆前の畑一反一畝二歩の土地を昭和二〇年七月一日訴外日清紡績株式会社に賃貸したことは当事者間に争いがないところ、(証拠)に本件口頭弁論の全趣旨を合わせると次のように認めることができる。すなわち、日清紡績株式会社では、昭和二〇年頃川越工場が戦争目的遂行のため軍の命令によつて航空機工場に指定されたため、昭和二〇年七月一日仲幾太郎から前記西町一五六番の二の土地の外、同町一五七番の一(九畝一四歩)、同町一五七番の二(九畝二三歩)合計三反九歩の土地をいずれも社宅及び倉庫建築の目的で賃借した。これらの土地の一部はもと茶畑等であつたが、同会社は賃借後これを建物敷地として整地した上、昭和二一年三月頃まず同町一五六番の二の土地とこれの北側に隣接する同町一五七番の一の土地の各一部に木造瓦葺平家建建坪約二三坪の社宅四棟を建築した。右四棟の敷地は比較的ゆとりがあつたが、その外周と相互の間には塀が設けられ、各戸とも塀の内側はその社宅に付随した土地として使用していたものであるが、(二)の土地は同町一五六番の二の土地のうち南側を占め、右四棟の社宅のうち南側二棟の建物の直接の敷地と地続きで、更に(二)の土地の南端には粗末な塀(一部はヒバ垣)が一直線にもうけられて右二棟を囲つていたため、右土地は右二棟の社宅の庭として利用されていた。もつとも同会社では、もし将来社宅を増築する際には右土地をその敷地として利用する考えをも有していたが、本件買収処分当時食糧事情が非常に窮迫し、空地の利用耕作が大いに奨励されていたため、同会社においても、同会社が管理する休閑地は全て社員に無償提供し、野菜等を栽培させていた事情にあり、前記二棟の社宅に入居していた同会社取締役末延一二三及び同会社川越工場事務課長兼勤労課長幕内鉄男も右社宅に入居している以上、社宅に付随している右(二)の土地は当然自由に利用しうるものと考え、右土地のうち末延が一三五坪(四畝一五歩)、幕内が六七坪(二畝七歩)について、それぞれさつまいも、小麦、馬鈴薯等を栽培し、自家用に供していたが、両名ともいずれももとより農業を営むものではなく、ただ食糧不足を補うためその家族をして耕作に従事させていたものにすぎなかつた。しかるところ、川越地区農地委員会は、同町一五六番の二宅地三三二坪のうち菜園の部分二〇二坪にあたる(二)の土地(昭和二六年一月二六日分割により同町一五六番の三となる)を農地と認定し買収手続を進めるにいたり、その結果(二)の土地の南端の前記塀は被買収地の上に存することとなつたため、同会社は同農地委員会の指示により右塀を同町一五六番の二の土地のうち買収を免れた部分の南端すなわち前記末延、幕内の住む社宅のすぐ近くまで移動させた。以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によつて考えれば、(二)の土地は買収処分当時現実に肥培管理が施され、耕地として使用されてはいたものの、終戦直後の異常な食糧難の事態をきりぬけるため休閑地利用として庭を掘り起し、たまたま一時的に耕作の用に供していたいわゆる家庭菜園であつて、宅地の一時的な使用目的の変更とみるべきものであり、自創法の規定する農地にはあたらないものといわなければならない。しかして前認定の事実によれば、(二)の土地が、社宅居住者において食糧補給のため塀で囲まれた居宅の庭を開墾して野菜等を栽培しているいわゆる単なる家庭菜園にすぎないものであることは客観的にも明瞭であつたというべきであるから、これを農地なりとした前記買収処分は、重大かつ明白なかしのある処分として当然に無効であるというべきである。

このように右買収処分が無効である以上、それが有効であることを前提とする被告国の被告渡辺に対する売渡処分もまた無効であること明らかであるから右処分の無効確認を求める原告仲の請求はこれを認容すべきである。

五、(農地法第八〇条による売り払い請求権の有無)

次に原告らは農地法第八〇条による売り払い請求権に基づき、本件土地について、被告国に代位して、被告山田政吉、同岩田に対してはその妨害排除、その他の被告に対しては被告国に対する所有権移転登記の抹消及び明渡を、更に被告国に対し所有権移転登記及び明渡を求めるものであるが、(原告仲が(二)の土地についてなす所有権移転登記の抹消、土地の明渡等の請求もまた自己の所有権に基くものでなく、あくまで国を代位してこれを請求するものであることは、被告渡辺に対して直接に自己に対してその所有権取得登記の抹消及び土地の明渡をなすべきことを求めず、被告国に対してこれをなすべきことを求めていることからも明らかである。)農地法第八〇条は、すでに説示したように、農林大臣をしてその管理する農地につきこれを自作農の創設等の目的に供しないことを相当と認めたときは原則としてこれを旧所有者に売り払うべきことを定めたにとどまり一定の場合には農林大臣の右認定の有無にかかわらず農地等の旧所有者に国に対する右農地等の売払請求権なる債権を発生せしめる旨を規定したものと解することはできない。

原告らは売り払い請求権を取得する理由として、(一)国、旧所有者、農林大臣の間の関係をそれぞれ要約者、受益者、諾約者と構成して第三者のためにする契約と考え、同法第八〇条第二項の反射的効果として買収農地の前所有者は受益の意思表示をすることにより売り払い請求権を取得するといい、あるいは(二)本件においては同法第三六条により売渡処分の効力の判断の前提として同法第八〇条第一項の「自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めるとき」に該当するか否かの判断を要求されるから、同項による農林大臣の認定がなくとも売り払いを請求しうる旨主張するけれども、右(一)の主張は全く原告らの独自の見解であつてとうてい採用し難く、また(二)の見解についても、農林大臣が同条第一項の認定をしたうえ第二項の売払手続をとるべきであるにかかわらずこれをしないことが違法である場合の存しうることはさきに述べたとおりであるが、かかる場合に対する旧所有者の保護救済は別途の方法によるべきものであつて、このことから直ちに同条が一定の場合には農地等の旧所有者に売払請求権を取得せしめたものと解さなければならない理由は存しない。それ故原告らが被告国に対して本件土地の売払請求権を有するとの主張はそれ自体理由がなく、したがつて原告らは被告国に代位して同被告の有する権利を訴訟上行使する機能を有しないから、じ余の被告らに対して被告国を代位して上記登記抹消、明渡等を求める訴は訴訟追行権を有しない者の本訴として不適法であり、すべて却下さるべきものである。

次に被告国に対する所有権移転登記請求について考えるに、右は原告らが農地法第八〇条に基づき被告国に対して本件土地の売払請求権を有することを前提とするものであるところ、原告らにかかる請求権を認めえないこと前示のとおりであるからその余の点に立ち入るまでもなく失当として棄却をまぬがれない。

六、よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二部

裁判長裁判官 浅 沼  武

裁判官 中 村 治 朗

裁判官 時 岡  泰

目録<省略>

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